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自分の思い描く宿へと、「発想」を「形」にしていく 太田亨(おおた とおる)さん 株式会社武蔵野代表取締役

「武蔵野本館 箱根吟遊」「四季の湯座敷 武蔵野別館」「箱根 時の雫」と3つの旅館経営と、都内に3つのビルを所有する「株式会社 武蔵野」の代表取締役社長・太田亨さんに最初にお会いしたのは、約20年ほど前になるだろうか。当時、太田さんは、武蔵野別館の専務取締役であり、箱根の宿のご主人たち数名と、まだホームページが黎明期であった時期に、いち早く、「箱根全山」というサイトを立ち上げていらした。私はその頃、箱根町観光協会発行の情報誌『箱根悠遊』の編集をしており、この箱根悠遊のサイトも作りたいと、事務局に依頼した。しかし、まだホームページなるものが一般的に浸透していない時であり、答えは「ノー」だった。そこで、「箱根全山」の隅にでも掲載していただけないものかと、「箱根全山」のまとめ役をしておられた「和心亭 豊月」のご主人・杉山幹雄さんを通してお会いすることになったのだ。実は、私はこのような仕事をしているにもかかわらず、初めての方にお会いすることが苦手なのだが、太田さんの奥様・成美(なるみ)さんが、私が箱根の学校で仕事をしていたときの教え子だということがわかり、なんだかホッとしたことを覚えている。

 さて、足柄上郡開成町の大久保家の長男として生まれた亨さんは、川崎にある大学に東海道線を使って通学。一年先輩になる成美さんも箱根から同じ学校に通っており、その通学電車の中で話をするようになったという。卒業後、亨さんは、コンピュータ関係の開発会社に就職し、サラリーマン生活を5年ほど送った。やがて二人は結婚することになり、成美さんの両親に挨拶に行ったときに、亨さんは、成美さんの父・正彦さんから「旅館をやってみないか」と話されたのだそうだ。小さいころから家を継ぐようにと言われたことのなかった成美さんは、卒業後は小田原箱根商工会議所に就職し、サラリーマンの妻になることを選んだのだが、話は急展開。

「義父は、娘二人だから、男の子ができるのが嬉しくて、晩酌できる相手が欲しかったということだと思いますが、畑違いもいいところですよね(笑)」。

 まさに畑違いへの方向転換だが、あらゆることに興味とアイディアを持っている亨さんには、ある意味、運命の転職だったともいえる。夫婦二人で洗い場の仕事から始め、お客様に出す料理にも目配りや多種多様の雑用をしながら、まず取り組んだのがお風呂の改革である。昔は温泉宿に泊まるのは男性が多かったせいか、女性用風呂などは驚くほど小さいことをご存知の方もいるだろう。武蔵野別館も当時、大浴場は男性用のみだった。そこで、亨さんは、「湯屋敷」と銘を打ち、温泉の醍醐味を女性も男性も等しく楽しめるお風呂に大改築。同時に、当時、まだ全国的にも少なかった貸切露天風呂や露天風呂付の部屋も作った。それらは箱根でも先駆的な取り組みであり、旅館の稼働率は右肩上がりとなった。「多額な費用がかかるのに、義父はよく僕の考えを受け入れて、自由にやらせてくれたなあと、感謝しています」。

 亨さんは、小さいことにも自分のアイディアを実現させることに労を惜しまない。例えば、「そばをお客様に食べていただこう」と考えると、安曇野に畑を借りて、蕎麦の種まきをし、収穫した実を粉にし、自らそばを打つ。また、「時の雫」で提供するワインは、山梨のワイナリーで夏はブドウの選定をし、秋に収穫。ソムリエの資格を取って、レストランにも自ら立ったりなどなど、枚挙にいとまがない。

「主人は何か考えたりやったりしている時には静かなので、『何かをやりたい』とずっと思っていてくれてほしいですね。石橋を叩いて渡るどころか叩いて割ってしまうくらい慎重な人なので、主人がやることに私がジャッジするところはありません」と成美さん。「僕は鵜飼の鵜ですよ」と笑う亨さんだが、「ラーメン屋をやってみたいなあ」と、夢は続いている。

【四季の湯座敷」武蔵野別館】

■〒250-0404神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下425‐1

■電話:0460‐82‐4321

■アクセス:箱根湯本駅より箱根登山鉄道約20分「宮ノ下駅」下車。またはバスで「宮ノ下バス停」下車。送迎バスあり。


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