箱根を元気に! 無私の心で駆け抜けたひと安藤貴代子(あんどう きよこ)さん

安藤貴代子さん(昭和15・1940年8月20日~平成30・2018年2月22日)に最初に会ったのは、「はこね学生音楽祭」の会場だった。「はこね学生音楽祭」は、音楽を愛する学生たちを支援することを目的に、箱根駅伝の音楽版として平成13(2001)年に箱根町主催でスタートした。私は、この音楽祭の企画を考えた立場で、総合プロデューサーとしてかかわっていたが、開催にあたっては、多くの地元の人やグループがボランティアとして支援してくれていた。

「こんにちは!ドアマンを手伝う安藤です!」。弾けるような笑顔で挨拶してくれた人が、そのグループの一つ、群舞「箱根ソーラン座」初代座長の安藤さんだった。その後、音楽祭への協力などのお願いで何度かお会いするうちに、「箱根を元気にしたい。自分はそのために何ができるのだろう」と常に考え行動する安藤さんの姿を間近に知ることになった。

 安藤さんは、京都生まれ。その後、関東地方に出て、さまざまな仕事を経て、箱根でかねて夢だったペンションを夫・直巳さんと経営することになった。京都出身の安藤さんは、いわば“よそ者”だったが、持ち前の人懐っこさ、明るさで地元に少しずつ溶け込み、その中で膨らんでいったのが、「箱根を元気にしたい」という想いだった。その一つが平成16(2004)年に結成した、群舞「箱根ソーラン座」である。

「箱根の夏まつりで踊るのは、一般的な盆踊りが多かったので、箱根ならではの独自の踊りを考えたいと思ったの」。そして生まれたのが、芦ノ湖の九頭龍も登場する“箱根ソーラン踊り”である。地道に、かつパワフルにその活動を続ける傍ら、平成22(2010)年に仙石原在住の女性たちと、「仙石原自治ボランティアの会『まごころ』」を立ち上げた。

「仙石原を明るく住みやすい地域にすることを目標に、仙石原幼児学園の子育て支援室で入園前の子どもたちを見守ったり、地域の高齢者のお宅を警察官と一緒に訪問し、様子を聞いたり、振り込め詐欺について注意したりしているんです」。

 また、毎年恒例の「ふれあいサロン」や「はこね学生音楽祭」などのイベントでは、まごころのメンバー手作りの何百人分もの“公時汁”が振舞われた。しかし、昨年2月、安藤さんは急死し、「まごころ」は解散。「はこね学生音楽祭」に参加する学生たちが何より楽しみにしていた“公時汁”の振舞いも終わった。

 奇しくも、安藤さんが亡くなるまさにその日の昼、私は安藤さんと食事を共にした。

「箱根のバス停には、ベンチがないでしょう。高齢になると、立っているのが辛いので、丸太を切ったものでもいいので、座るものがあると助かるのよね。だから、いま、行政などにベンチを置くように働きかけているの。実現したら、『箱根小田原物語』で紹介してね」と、最初に会った時と変わらない笑顔で語ってくれたのが最後の言葉となった。葬儀には、500人を超える人が参列。安藤さんの人柄を語るものだ。


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