強羅の小さな美術館から「ご縁」を広げていく

遠藤 詠子(えんどうえいこ)さん

強羅の『箱根写真美術館』 副館長

昭和59年1月9日生/43歳/取材日:2020.9.30


写真家で、『箱根写真美術館』の館長・遠藤桂さんのパートナーとして、美術館と併設するカフェを切り盛りする遠藤詠子さん。モデルの仕事もしていた詠子さんは、スラっと背が高く、気さくで箱根のさわやかな風のよう。結婚を機に20代後半から箱根の強羅に住み、箱根のことも美術館運営も素人ながら、人とのご縁を大事にしながら奮闘してきた詠子さんの箱根人ストーリー。


●ご主人の遠藤桂さんとの出会い

この美術館は、2002年に開館しているので、今年で丸18年になります。(2020年10月現在)

私は、埼玉の所沢出身で、東京でモデルの仕事をしているとき、この美術館の館長で写真家の遠藤と会いました。ちょうどこの美術館が建築途中で、その計画にとてもワクワクしたのを覚えています。準備のお手伝いをすることになり、箱根に来るようになりました。

当時、私は20代後半でしたが、モデルという仕事柄、写真家や衣装、デザイナーなど、モノを作っている方が周りに結構いました。館長の遠藤もその一人でしたが、写真家として活動しながら、自宅が箱根で、こういう美術館まで作ってしまう「モノづくりのすごい人!」っていう感じでした。(笑)

美術館がオープンして1年後に館長と結婚し、箱根に住むことになりました。箱根には子供の頃から家族旅行で来ていたのですが、その頃は、箱根は遊びに来る場所で、箱根に住民がいるなんて考えてもいなかったのですが、今では私も住民です。(笑)


●「縁と円」を表現した美術館

この美術館のカタチは円形というか卵形になっているんです。美術館の理念「縁と円による心の交流」を建築家の方が見事に表現してくださったんです。

美術館として写真を展示することはもちろんのこと、撮影スタジオとして使う場合は、角がない方がいいということと、仕事を通じて出会った多くの方とのご縁を大事にしたいという館長の強い思いがあり、ジャンルを問わずご縁が生まれた方の展覧会や、何かをやれる場所、実現させる場所としても作っています。さらに、そこから生まれてくるご縁もありますし、それは当初のコンセプトどおりに現在も機能しているかなと思っています。

建築家のこだわりで、建築時には漆喰壁の模様づけや壁紙貼りなどの簡単な作業は、私も含め、関係者で行いました。建物って、建築家は建てるだけ、住む人がずっと使うことになるので、住む人を巻き込んで建築することで、長く愛着を持って使ってもらえる建物になるという思想をお持ちの建築家だったんです。私も生まれて初めて建築を手伝わせていただいて、楽しくできましたし、すごく愛着もあります。


●『箱根写真美術館』という名称

その頃、日本では、美術館というと大きな箱モノが主体だった中で、海外では、作家の生まれ育った場所やアトリエを、小さな美術館として機能させているところも多くあったんです。館長が海外に行ったときに「その土地に縁のある作家の作品をその土地で見る」ということにすごく感銘を受け、それがこの美術館構想に結びついているんです。自分が作っている箱根のオリジナルなものを、箱根から発信する場所にしたいと。そして、それらの作品を残していく美術館であり、箱根というブランドは大事にしたいので『箱根写真美術館』という名前になりました。

当時は、大それた名称だったと思うんですよね。レベルとしてはギャラリーかもしれないですが、コレクションもありますし、私も学芸員の資格を取得する中でいろいろな美術館についても勉強し、今では胸を張って美術館と言っていいと思っています。箱根写真美術館という名称も良かったと感じています。


●オープン当初から応援してくれた市川さん

オープン当初は、手探りで、何もわからなくて、ほんとに笑っちゃう感じでした。

館長が昔アルバイトしていた彫刻の森美術館に市川さんという方がいらっしゃって、その方が一番初めにうちの美術館を認めてくださり、応援をしてくださったんですね。いろんな人に声をかけてくださり、美術館同士の横の連携の会にも入れていただいて、大手の美術館の方ともお付き合いさせていただけるようになったんです。

そこから一気に広がっていきました。個人の美術館でも立派な美術館だから、ちゃんと学芸員の資格を持ってやったほうがいいとアドバイスをいただいたり、美術館運営について教えていただいたり、「不慣れだけどちょっと面白いね」って、いろいろ応援してくださったので、勉強にもなりましたし、ありがたかったです。


●自然を五感で感じるカフェ

カフェをオープンしたのは、美術館オープンから4年後の2006年です。

カフェは、私がやりたいことです。美術館の立ち上げに携わるようになった頃、私は東京のカフェでアルバイトしながらカフェ巡りもしていて、私自身が癒される空間っていうのをすごく必要としていたんです。ちょっと心が疲れていたりしてる時って、甘いものとか美味しものがあれば、笑顔になれるし、力をもらえる場所になるじゃないですか。そういう空間作りをこの美術館でできたらいいなぁ、という私の希望がありました。

この美術館には、「五感の回帰」というコンセプトもあって、風の音とか季節ごとの匂いとか、箱根の自然が与えるものを感じられる空間にしたいという思いがあったんです。カフェをやることで、五感のひとつ、味覚を補えるということもあって実現しました。

映画を見た後で少し余韻に浸りたいと思うように、小さい空間ですけれど、美術館でアートを楽しんだ後に、少し余韻に浸りながらこのカフェでゆっくりして、「鳥が鳴いているねー」とか、「気持ちいい風吹いたねー」とか、そういうことを感じる空間や時間の過ごし方を提供したいんです。


●パリでの出会いがカフェのメニューに

美術館のオープン直前に、1ヵ月ほどパリに行くことがあって、その時にパティシエの鈴木輝子さんと出会いました。彼女はお菓子を勉強しにフランスに来ていて、日本に帰ってからも交流が続き、彼女の作ったお菓子をいただき、いろんな話をする中で、彼女のお菓子を出したいと思うようになり、提供のお願いをしました。

カフェのメインメニューであるパウンドケーキは、彼女が名古屋で作ったものを定期的に送ってもらっていますが、季節メニューなど、彼女が考えたレシピで私が作るお菓子もあります。

コーヒーは小田原のスズアコーヒー店さんに頼んでいます。いろいろ考えて、やっぱり地元のものを使いたいとスズアさんに相談したら、好みのブレンドで作ってくれました。また、紅茶の茶葉、ハーブティーなどは、東京でカフェのアルバイトしていた時に知り合ったお茶屋さんから取り寄せています。

カフェのコンセプトは、パティシエの鈴木さんと出会ったのがパリでしたし、私にお料理を教えてくれたフランス人のマダムの影響もあり、メニュー構成はフランスを意識しています。


●強羅は「箱根のモンマルトル」

美術館がある強羅という土地のイメージは、誰かが言っていたことですが「箱根のモンマルトル」がぴったりだと思っています。モンマルトルも丘で、坂が結構きついですよね。その中にお店が点在していて、この美術館に関して言えば、作家さんが集まるサロンみたいな要素もありますしね。

強羅は、別荘地開発と、ホテル小涌園ができた時に、その仕事関係で移住してきた人が多いので、そんなに古くはないと思います。私が20代後半で来た当時は何もわからず、わからないなりに強羅の方に営業活動していたんですね。パンフレットを持っていったり、カレンダーを配ったりと。そうすると、皆さん好意的で、頑張っているねーと応援してくださいました。

強羅は登山鉄道の終点で、非常に便利な場所だと思うのですが、観光という意味では、意外と住宅地でお店が少ないんですよね。私も最近勉強したのですが、別荘地開発の頃は、よく文化人が集まっていたようで、それこそ当時の政財界の人々や斎藤茂吉などの別荘もあったようですが、強羅の歴史をもう少し発掘して、そこに付加価値をつけていけたら面白いんじゃないかなと感じています。


●2年後に20周年、箱根写真美術館のこれから

2022年に美術館は、20周年を迎えます。20周年のときには、これまで関わってくださった作家さんの作品を紹介していこうと考えています。多くの方に関わって頂くことで、この美術館にはパワーになるので、ご縁のある方々と一緒に、楽しい企画展やイベントができればと思っています。

箱根写真美術館のこれからですが、館長の遠藤は富士山の写真をずっと撮っており、世界に通用する作品として自負もあるので、この箱根を拠点にしながら、チャンスがあれば世界や日本の各地で、個展など世界に発信することも続けていきたいです。フランスで個展をやったときに見に来てくれた方が、日本に来たらここに立ち寄ってくれたりするんです。それってすごく素晴らしいことだと思うんですよね。それこそ一生のお付き合いになるような人たちも多く、そういう活動は続けていきたいです。

私としては、館長の祖父の写真コレクションをもう少し整理して、コレクションとしてもっとアピールしていきたいです。戦争や水害で原版を失ってしまい、作品は少ないですが、当時はすごく活躍した写真家で、苦労もしたようですが人には恵まれ、70歳の晩年になっても、小涌園の創設者に声をかけられ、写真部の設立に携わるためこの箱根に移住してきたと聞いています。魅力的なコレクションを提供できるように整えていこうと思っています。

箱根写真美術館は、館長が現役で作品作りを続けており、現役作家に出会えるアトリエの場でもあるので、この魅力をこのまま続けていきたいと思います。



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